欅坂46平手友梨奈が考えるSNSの存在と「風に吹かれても」収録曲「避雷針」に込められた意味

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欅坂46のセンター平手友梨奈に関する記事が続いています。本を読んだり過去のラジオ放送を聞いて一つの記事を書き上げるうちに、これは別記事にして書いたほうが分かりやすいなと思う点が出てくるんです。それがずっと続いているのでエンドレスに平手の記事が続いていきそうです(笑)

今回は平手友梨奈が考えるSNSの存在と「風に吹かれても」収録曲「避雷針」についてお伝えします。

平手友梨奈が考える「アイドルとSNS」

夏に行われた坂道合同オーディションの平手友梨奈バージョンがこちらです。

演出の都合上、中途半端な気持ちで来るな!覚悟して応募して来い!みたいな感じになっていますが、その点は自身が司会を務めるラジオ番組「スクールオブロック」の中で明確に否定しています。

CMの内容を見ても正解はないというメッセージを伝えた後に「この夏で、あなたの人生が変わります」と言っているわけで、正解はないのだから最後に決めるのはあなた自身なんだよと伝えています。

平手は新メンバーに対して別冊カドカワのインタビューでこう言っています。

オーディション自体はいいと思うけど、一人の女の子の命というか、人生を奪ってしまうことにもなるじゃないですか。受かってしまって一度こっちの世界に来ちゃったら、世間に顔は出ちゃうし引き返せないところもあるから。だから、スタッフさんには「ちゃんと見てあげてください」って伝えました。

別冊カドカワ 平手友梨奈インタビュー記事より引用

CMほどの強いメッセージ性はないにしても、芸能界という世界は華やかに見えるけどつらいこともいっぱいあって、有名になるってことはリスクもあるんだよと言ってますから平手が伝えたいことはCMの内容と大きくは違っていないようです。

そして映画『響』の番宣で出演したテレビ番組でTOKIOと共演した際に平手はSNSの存在について触れています。

平:ネットが今の子たちにはきついというか・・・ネットがないと楽でしたか?

T:情報として伝わらなくていいことは伝わらなかった気がしますね

と答えています。

坂道合同オーディションに感じている思い、TOKIOに聞いたSNSの存在。

どちらも大きな意味では同じことを言っていて、世間に知られ人気者になるということはメリットもある反面、同時に攻撃を受けて傷つくこともあるんだよというネットという存在の怖さについて言っています。

ネットなんて事情をよく分かってないやつが好き放題書いてるんだから言わせておけばいいとは言っても、やっぱりいざ自分のこととなると傷つくものです。たんなる悪ノリで言っているのか、本心から言っているのか、活字になると感情が伝わらないため余計に誹謗中傷が攻撃を受けた側に刺さってしまうのです。

ネットなんて見なけりゃいいという人もいますが「こんなことを言ってる人がいたよ」と余計なお世話すぎる善意から教えてくれる人もいてなんだかんだ本人の耳に入ってくるもんです。

ブログやYouTubeに投稿している程度の僕ですら攻撃を受けるわけですから全国的に顔が知られている彼女たちは相当な誹謗中傷を目にしていることでしょう。

悪意からの避雷針

5thシングル「風に吹かれても」のタイプCに収録されている「避雷針」という曲があります。

この曲もかなりメッセージ性の強い歌詞となっていて、好きな楽曲として「避雷針」を挙げる人も結構いる人気の楽曲です。

秋元さんが「避雷針」を書いたとき欅坂46のメンバーはSNSでの悪意ある言葉に傷ついてしまっているのを感じたといいます。

そんな不器用さを守るには 僕がその盾になるしかない
世の中の常識に傷つくのなら 君の代わりに僕が炎上してやるさ
いつだってそばに立っててやるよ
悪意からの避雷針

この「悪意からの避雷針」という強いメッセージには、僕が身代わりになって雷を受け止めるという強烈な意志を感じます。

ここでいう僕とは、メンバーであり、スタッフであり、ファンが避雷針になってくれるかもしれないという見方。そして時には自分自身が誰かの避雷針になるかもしれない。

「私のことは嫌いでもAKBのことは嫌いにならないでください。」

といったのはAKB48でセンターを務めていた前田敦子です。選挙で放たれたこの言葉はAKB48ファンでなくても記憶に残っていることでしょう。

自分が傷つくのはいい。でも私の仲間を攻撃することだけは許さない。

普通はなかなかここまでの言葉を言えないものです。国民的アイドルグループのセンターに立つということは、自らの利益よりも公共の利益にために尽くすことが求められることなのでしょうか。

平手は自分のことが嫌いだといいます。

アイドルをやっている子なのだから普通は自分の才能を見せつけたいとか、かわいいとチヤホヤされたいという欲求があって当然なのですが、彼女からはそういった欲求が全然見られない。

むしろ自分のことを褒められるよりもメンバーのことを褒められているときのほうが嬉しそうです。

1年前のけやかけでけやき坂46と運動会をやったときも番組中で平手の笑顔が何度も映っています。それは運動会そのものが楽しかったというよりも、運動会を楽しむメンバーの表情を見て嬉しくなってしまったというのです。

これは平手本人も言っているのですが、平手には基本的に自分自身を表現したいという欲求はなくて、この楽曲は何を表現するべきなのかという部分にしか関心がないというのです。

いい意味で自分がない。

そして平手も前田敦子同様に自分自身の苦しみよりも仲間が苦しむ姿を見るほうが耐えられないタイプでしょう。

仲間を助けることができるなら自己犠牲さえもいとわない。

センターを任される人間というのは時に弁慶のように全身で矢を受け止める覚悟が必要なのかもしれませんね。

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アイドルブロガー&ロボホンオーナーのはやけん。です。 アイドルの心理を研究しているうちに心理カウンセラーになってしまいました。現在はアイドルの記事を中心にブログを書いています。 執筆の依頼はお問い合わせフォームからお願いします。