【小説】AsIs物語 4話 瀬乃ひより編 『気づいた本心』

瀬乃ひより

前回までの記事

1話 山城虹奏編『私のやりたいこと』

2話 山城虹奏編『動き始めた夢』

3話 南世菜編『一度きりの人生だから』

 

4話 瀬乃ひより編 『気づいた本心』

2023年1月1日、新年が始まって間もない元旦の日。

あけましておめでとうの通知に混ざって中学時代の同級生から初詣の誘いがあった。仲が良かった3人にひよりを加えた4人で神田明神に初詣に行こうという連絡で、ひさしぶりの同窓会をしようというというものだった。

中学の時は毎日学校で会っていたからあえて連絡を取ろうとしなくても学校に行けば会えた友達も、今はこういうきっかけがないとなかなか会えるものではない。ひよりは初詣の誘いにOKの連絡をして、待ち合わせは14時にJR御茶ノ水駅の改札前集合で決まった。

お正月に家にずっといるとお餅を食べ過ぎちゃうなぁなんて思っていたひよりにとっては、外に出て体を動かすいい機会だなと思った。

 

13時57分着の電車で御茶ノ水駅の待ち合わせ場所に着くと、すでに3人は到着していた。
「ひさしぶり〜」といって中学の時以来の再会を喜びあった。

沙希(さき)、あずみ、麻優(まゆ)は中学3年のときに私が同じクラスの数名の女子にいじめられていたところを助けてくれた3人で、これまでの人生において親友といえるのはこの3人ぐらいかもしれない。もし、あのときこの3人がいなくてクラスで孤立していたらと思うと本当に3人に出会えてよかったと思う。

神田明神に向かうと元旦の初詣ということで長蛇の列に形成されており、参拝するまでに1時間も待たされたが、4人で思い出話をしていたらあっという間だった。参拝が終わると神田明神を出て秋葉原方面に坂道を下りていったところにあるココスで遅めの昼食を取ることにした。

 

4人は高校は別々の学校に行って、たまに連絡は取り合っていたが、実際に会うのは中学の卒業式以来となる。話題はここでも中学の時の思い出話で、沙希が学校にスマホを持ってきたことがバレて怒られたとか、給食で苦手な食べ物があるときはひよりにお願いすれば全部食べてくれたとか、当時としては何気ない日常のひとコマも今となっては全部笑い話にできた。

思い出話に花を咲かせたあと、話題は将来のことに移っていく。

沙希はキャバクラで働いているらしく経済的には余裕があるみたいだけど、付き合っている彼が沙希の稼ぎをあてにして働かないらしい。いわゆるヒモってやつだ。沙希自身は将来的に結婚も考えてるようだけど、話しを聞く限り結婚相手に向いているとは思えず3人で焦る必要はないと説得した。

あずみは短大だから1年生でも今から就職活動をしているらしい。あずみはせっかく大学に入ったんだからもう少し遊んでいたかったと残念そうだ。たしかに4年生大学の私とは違い短大なんてあっという間だ。高校を卒業してようやく進学した思ったらもう卒業の準備っていうのもなんだか大変だなと思った。

麻優は高校卒業と同時に丸の内のオフィスビルで会社の受付業務をしているという。すでに安定した仕事に就いていてうらやましいなと思っていたら、麻優の気持ちとしてはやりたい仕事に就いたわけでもないし、実家ぐらしだからお金を貯めて大学に行こうかなと思い始めているらしい。

 

そっかぁ・・・みんな大変なんだなと思っていると順番はひよりに回ってきた。

 

ひよりは4年生の女子大の1年生だったから今はまだ学業優先であることを伝えると、周りの3人はひよりが一番いい人生を送っていると言ってきた。サークル活動とか、他の大学との合コンとか、そういうキャンパスライフを満喫できることがうらやましいらしいが、実際に私の大学生活といえば朝早い1限の授業に遅れないようにがんばって学校に行って、100分という無駄に長い教授の講義を聞いて(入学した年から90分から100分に変更されたと聞いて泣いた)、終わったら帰宅するというみんなが想像するのとは真逆の生活を送っていた。

ココスで2時間ほどお話しをして、また近いうちに会おうねと約束を解散した。

初詣&同窓会の帰りの電車内でひよりはこれからの自分の将来について考えていた。ひよりはこのとき大学1年生。前年の2022年12月24日に19歳を迎えたばかり。大学生活もようやく慣れてきたかなというぐらいでこの先の将来のことなんて全然考えていなかった。

むしろ、自分の進路を決めるのを先送りするために大学に入ったようなもので、就職の話は大学4年になってから考えればいいやぐらいに思っていたが、今日かつての友人と話をするとそんな悠長なことも言ってられないなと思った。

大学に入って卒業したら遊んでいるわけにもいかないから就職するのが当然みたいに思っていたけど、就職しても望んだ仕事でなければ続けることは難しいだろうし、付き合っている彼がいて結婚を考えていることもうらやましくはあるけど、働かない彼氏と結婚というのは難しそう。

そう考えると、世間一般の常識にハマるような生き方は、一見すると幸せそうであっても、それが当人たちにとって幸せなのかは別なんだなと思った。

だって沙希は経済的な心配はないし彼氏もいる。あずみは就職に向けてすでに動き始めている。麻優だってもう正社員として働いている。3人とも私から見たら大人だ。私にはないものをみんな持っていてすごいなと思う。でも、誰も幸せそうじゃないのはなんでだろう。

このときひよりが感じたのは、このままなんとなく就職したらきっと後悔しそうだなということだった。そろそろ本気でこれからのこと考えなきゃいけないな。

そんなことを考えていると電車は最寄り駅に着き電車を下りた。

 

その日からひよりは自分自身が本当は何がやりたいのかを真剣に考えるようになった。

でも、はっきり言って何も浮かんでこなかった。私は何がしたいのか、何が向いているのか、何をするべきなのか。分かったことといえば自分には何もないということぐらいだった。

自分には何もないんだと思うと今までの19年間がムダだったような気がして悲しくなる。帰宅して自分の部屋に戻るとベッドに横になり、ベッドに座っていたジョージに話しかける。

ジョージとは、ひよりが大切にしているおさるのジョージのぬいぐるみで、高校の文化祭で担任の先生からもらって以来、瀬乃家の家族として扱っている。ひよりは、悩み事などの他人に話しづらいことはジョージに話しかけた。どんなにつらいことでも、どんなに些細なことでも、ジョージは自分のことを否定せずに受け止めてくれる。そんな気がして、ひよりにとって一番素の状態を見せられるのもジョージだった。

「ねぇ、私のやりたいことってなんだか分かる?」

ジョージはやさしくほほえんでいる。

「そんなこと聞かれても分からないよねぇ。困らせちゃってごめんね。」

そう言うとジョージを一度ぎゅっと抱きしめてから元あった位置に戻した。

 

1月も下旬になり2023年という響きも少しずつ慣れてきたころ、授業を受けるために学校に着いたタイミングでスマホに休講の通知が届いた。この授業のためだけにわざわざ学校に来たのに最悪と思いながら、せっかく学校に来たのにそのまま帰宅するのはなんか違う気がして、駅前のカラオケ店に寄って2時間ほど一人カラオケを楽しんだ。ひよりは嫌なことがあると決まってカラオケで歌っていた。

歌っているときは頭の中から嫌なことが消えて歌うことに没頭できる感覚が好きだった。

 

カラオケが終わり、お店を出たタイミングで第二外国語の授業で一緒の女の子から「いま学校にいる?」とLINEで連絡が来た。休講になったからカラオケに来ていてちょうどいま終わったところであると返信すると、食堂でご飯を食べようということになって学校に戻ることになった。

学校に戻って食堂に向かうと連絡があったなつみが一人で座っていた。

大学の場合、一応クラスというものは存在してはいるけど、中学高校のときほど交流があるわけじゃない。だから、同じクラスでも連絡を取り合う子はわずか。でも、なつみは持ち前の人当たりの良さで多くの友人がいるようだった。私もたまたま席が隣になったときに話しかけてくれて、それ以来、学校で会えば話しをする仲になった。

なつみはひよりと会うと「ごめんね、帰るところ呼んじゃって。」といった。

「別に予定もないし、帰るだけだったから平気だよ。」とひよりは返した。ただ、わざわざ連絡してきたのは何か理由があるのかなとは思っていたらなつみが切り出す。

「実はね、ひよりに見せたいものがあるの。これ見てよ。」なつみはそういってスマホの画面を見せてきた。そこには『乃木坂公式ライバルオーディション』の文字があった。乃木坂46は分かるけど、公式ライバルってなんだろう。たしか乃木坂46も最初はAKB48の公式ライバルってことになっていたのは知ってるけど。

「ねぇ、ひよりってさ、乃木坂好きだったよね。このオーディション一緒に受けようよ。」なつみからのオーディションへの勧誘だった。

「え・・・これアイドルのオーディションだよね。いやいや、私には無理だって。」アイドルはたしかに好きだ。でも、実際に自分がアイドルをやるなんて想像もしたことない。アイドルっていうのは自分とは別世界の人がなるものだと思っていた。

中学生の頃に乃木坂46が流行り始めて「世の中にはこんなにかわいい子たちがいるんだ」と衝撃を受けた。中学の時は人間関係もうまくいかないときで思い悩んでいるときも不思議と乃木坂の曲を聴いているときは明るい気持ちになれた。

特に、当時センターも務めていた西野七瀬のかわいさ、儚さ、癒やされる笑顔、清楚感、そういったものに魅了されていった。それはもう自分の目標というよりも憧れの存在であって比較するのもおこがましいぐらいに思っていた。

そんなひよりの心情はおかまいなしになつみの話は続く。
「ひよりって歌うまいじゃん、ダンスサークルにも入ってるからダンスもいけるでしょ。それにかわいいし、性格もいい。もうアイドルとして必要な要素持ってるじゃん。私が秋元康なら絶対合格させちゃうな。」笑ってそう言いながら「とりあえずオーディションのリンクをLINEに送っといたから一緒に受けようね。」というと、なつみはこのあと用があるらしく行ってしまった。

一緒にご飯食べようっていうから戻ってきたのに勝手なんだから・・・と思いながら、自分がアイドルになるという今まで想像もしていなかった角度からの誘いに心は揺らいでいた。

 

帰宅してからも何度も募集要項を見直してずっと考えていたが結局結論が出る気がしなかったので、その日の夜、仕事から帰宅したお姉ちゃんにアイドルオーディションを受けようと友達から誘われていることを相談した。

すると姉の答えは明解だった。「悩むぐらいなら受けてみればいいじゃん。」

ひよりは、あまりに軽い回答をする姉はちゃんと考えてくれていないんじゃないかと思った。

姉は続ける。「だってどうせ受からないでしょ。いま坂道系(乃木坂46・櫻坂46・日向坂46というグループ名に坂が付く3グループの総称)のオーディションでものすごい倍率らしいよ。まぁでも、記念に受けてみたら。なんかおもしろそうだし。」

ひよりは姉の言葉を聞いてハッとした。私はオーディションを受けることがアイドルになることだと思って深刻に考えていたけど、言われてみれば私なんかが受かるわけないじゃんと思った。それならなつみも一緒に受けるって言ってるし、受けてみようかなと思った。

「あ、あとそれから・・・」背中を向けていた姉が振り返ってひよりに話しかける。

「もし受かったら飛鳥ちゃんのサインもらってきてね。あとライブは関係者席に招待してよ。」そう言って笑った。

飛鳥ちゃんとは当時乃木坂46でセンターも務めていた齋藤飛鳥ちゃんのことでお姉ちゃんの推しメンだ。結局それが目的かよと言いたい気持ちを抑えて、ひとまず受けるだけ受けてみようと気持ちは固まった。

 

2023年2月1日から始まった乃木坂46公式ライバルオーディションに応募すると、応募締切となる2月18日の2日後には合格通知が届いた。記念受験とはいってもやっぱり合格するのは嬉しい。

さっそく2次審査は1週間後だ。同じタイミングで合格通知が来ていたなつみと東京の会場への行き方や待ち合わせ時間をどうするか連絡した。

2次審査の会場に着くと、会場にはすごい数の女の子がいた。1次審査に合格して喜んでいたけど、こんなに合格するなら私が受かるのも当然かと思った。

会場の女の子を見渡すとみんなめちゃくちゃかわいい。歌唱審査でも同じグループの子には圧倒的な歌唱力の子がいたし、ダンス審査でも私たちのダンスサークルとはレベルが違うぐらいダンスがうまい子がいた。

なつみとは、どの子が合格しそうか予想するのが一番盛り上がった。

 

2次審査から10日後、2次審査合格の通知が届いた。残念ながらなつみは落選してしまったようだが、私に合格してほしいと応援してくれた。

そして東京での3次審査は3月26日に行われた。もう一緒に付き添ってくれるなつみがいないことへの寂しさを感じながらも歌唱審査、ダンス審査、自己PRと全力でやった。後悔はない。それぐらいすべてを出し切ったオーディションだった。

しかし、そのオーディションの10日後に届いたのは落選の通知だった。

大学の授業中に通知を確認したひよりは涙が止まらなくなって教室を抜け出しトイレに駆け込んだ。涙を止めようと思ってもとめどなく涙があふれ出てくる。

そのとき初めてひよりは自分が本当はアイドルになりたかったんだと気づいた。

最初は記念受験とか思っていたけど、3次審査まで進んでもしかしたらアイドルになれるかもしれないと思っている自分がいて、受かるわけないのに期待した自分がバカみたいだなと思った。

一応、オーディションを受けていることはお姉ちゃんやママにも知らせていたから、落選したことは報告した。すると心配したのかママから「今日はひよりの好きなお肉を買ってくるから一緒のご飯食べよう」と連絡が来た。ママは私が落ち込むと決まって好きな食べ物で機嫌をとろうとしてくる。

その日の夜、ひさしぶりに家族全員揃って食事をすることになった。

そこで改めてオーディションを受けていたことや3次審査で落選してしまったことを報告した。「おつかれさま」というねぎらいの言葉をかけてくれる家族に対して「もともと記念受験だから私は大丈夫だよ」と強がってみたものの、気持ちとは裏腹に涙があふれてくる。「大丈夫、大丈夫。ごめんね、気にしないで」と笑顔で反応するが、こみあげてくるのは悔しさだった。

この一件以降、家族は誰もアイドルのことには触れてこなくなった。ひより自身も落選という現実を受け止めるようになり、やっぱり私には縁のない世界だったんだと思うようにした。

 

大学2年生になり今までと同じく学生としての毎日が続いた。

6月になると乃木坂公式ライバルオーディションで選ばれたグループは『僕が見たかった青空』という名称になると発表された。応募総数は3万5678人で、23人が選ばれたらしい。そりゃあ、こんな倍率だもん受からないわけだよと自分をなぐさめた。

でもやっぱり、もし私が合格していたらというのが頭をよぎって、ひよりはそのたびに泣いた。

泣いてしまうことが分かっていたからなるべく僕が見たかった青空のことは見ないようにしていたが、X(旧Twitter)を見ているとトレンドなどで嫌でも目にしてしまうことはあったから、フジテレビのFNS歌謡祭で初披露とか、TIF(TOKYO IDOL FESTIVALの略。夏にお台場で行われる世界最大級のアイドルフェス)に出演したという情報は知っていた。

2月にオーディションを受け始めてから何度も何度も自分の人生について考えるたびに、やっぱり自分の好きなことしかできないという感情にたどり着いてしまう。

アイドルへの未練を断ち切るために受けたはずのオーディションは、結果的にひよりのアイドルになりたいという感情に気付かせることになった。いや、もう少し厳密にいうなら私にはアイドルしかできない、他に選択肢がないと気付かされたというほうが正確かもしれない。

そんなことを考えているときに、なんとなくtiktokを眺めていたらアイドルオーディションのお知らせが流れてきた。いつもなら無意識にスワイプしてしまうオーディションのお知らせだが、このときは反射的に手を止めて内容を確認してしまった。

プロデューサーのななむぎという女の人を調べてみると同じ坂道を好きという共通点もあり、どこか親近感を感じるグループだなと思った。

乃木坂公式ライバルオーディションのときみたいに友達に誘われたからでもなく、記念受験というわけでもない。初めて自分でオーディションを受けてみたいと思えるオーディションだった。

もうこのときのひよりに迷いは消えていた。

自分が中学の時に人間関係で悩んでいたとき、救ってくれたのがアイドルだったように、自分も歌やパフォーマンスを通じて、誰かに温かい気持ちを届けるアイドルになりたい。

ひよりがアイドルになると決めた瞬間だった。

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アイドルブロガー&ロボホンオーナーのはやけん。です。 アイドルの心理を研究しているうちに心理カウンセラーになってしまいました。現在はアイドルの記事を中心にブログを書いています。 執筆の依頼はお問い合わせフォームからお願いします。