映画『翔んで埼玉』沖縄県出身キャストGACKTと二階堂ふみが埼玉県の作品で表現したかったこと

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映画『翔んで埼玉』の快進撃が止まりません。2月22日に公開されてまだ1週間ですが週末興行ランキング1位スタート!
ぴあ映画初日満足度も1位と主役になることに慣れていない埼玉県民としてはどう受け入れていいものか迷ってしまいます(笑)

埼玉へのディスりがハンパない映画でありながら観ているのは埼玉県民が一番多いというのもすごいですね。実は埼玉県民が主役になることへの憧れをずっと心の奥底に感じながら生きてきたからなのかもしれません。

壮大なスケールで繰り広げられる茶番劇『翔んで埼玉』のW主演を務めたのはGACKTと二階堂ふみの2人で、どちらも出身地は沖縄県。沖縄出身の2人が埼玉県の超ローカルな話題が展開されるこの映画で表現したかったことはなんだったのでしょうか。

GACKTが表現したかったこと

雑誌『CUT』3月号でGACKTと二階堂ふみへのインタビュー記事が掲載されています。

このインタビューの中でGACKTはこのように語ります。

世の中にあることのほとんどは、本当にくだらないことばかりで。わざわざそのこと、ニュースにする必要ある?とか、わざわざそのこと取り上げて、鬼の首をとったかのように全員で議論する必要ある?っていうこと世の中に溢れてるじゃん。それが社会現象みたいになって、結局、自由がなくなっているというか。

『Cut』2019年 03月号より引用

『翔んで埼玉』って最初から最後までとんでもなくくだらないことが続きます。そのくだらないことをめちゃめちゃシリアスに本気になって演じているところが笑える映画となっています。

この映画って埼玉県民である自分が観ると土地柄が分かるので笑えるんですよ。まず埼玉において都会の川口が砂漠扱いされてる時点で笑える。「熊谷は群馬なんだよ」って千葉県民にディスられて熊谷市民は怒るわけですが、埼玉県の南の方に住んでいる県民(具体的に言うと京浜東北線沿いの川口から大宮までの市民)からすると埼玉の北のほうのイメージって実は群馬、栃木、茨城と変わらなかったりするので結構千葉県民のディスりが笑えたりします。

GACKTが二階堂ふみを所沢に一緒に行こうと誘う場面でも所沢というチョイスが笑える。

これ埼玉県民じゃないと笑いのポイントが分からないかもしれませんが、埼玉県って交通網が縦方向にしかないので横のつながりがないんですね。電車でも京浜東北線、東武東上線、東武野田線、西武池袋線と沿線が違うだけで全然違う。だから埼玉県が郷土愛ランキングでワースト1位っていうのは納得で、埼玉県の中でも一丸となっていないんです。

京浜東北線沿いの人間は埼玉の中心は自分たちだと思ってるから所沢とか、春日部で一緒に住もうと言われると「いや~所沢に住むんだったら都内に住むでしょ」みたいな感覚がある。

もちろんそんなことをいちいち公言したりしないんですが、この映画で埼玉県内の市町村が出てくるたびに土地の格が直感で分かるからおもしろいってところがあります。この映画が表現しているくだらない世界を通して、世の中の笑い話をマジレスしているつまんなさに気づかされます。

インタビューの最後でGACKTが言葉が印象的でした。この埼玉県民と千葉県民の夫婦喧嘩のシーンです。

ずっとお互いの出身地について言い合いをしている。それに対して娘さんが「どうでもいいじゃん」て言う。そのシーンが非常に現代を表してる。気にしてるのは内にいる人だけで、外から見るとその問題って、非常にくだらないことで。

『Cut』2019年 03月号より引用

そうそう『翔んで埼玉』の世界観が最初から最後までくだらないのと同じぐらい、そもそも埼玉県民と千葉県民の言い合いはくだらないじゃないですか。他県民から見たらなおさらどうでもいいことです。そこを分かった上でGACKTはこのような発言もしています。

関東の中で東京と埼玉が……という話は、他の県の人間からすると正直どうでもいいというか、くだらない! と笑えるようなこと。でもそういう自分たちにも、住んでいるところには大なり小なりそうした感情がある。自分が住む町と隣の町とか、自分と隣家の人とか。人間というのはそんなふうに劣等感と優越感の狭間で生きていて、それを、くっだらない! と客観的に笑える映画になってる。

『シネマトゥデイ 「翔んで埼玉」二階堂ふみ&GACKT 単独インタビュー』

この部分てとても本質的な部分を突いている気がしていて、例えば現代の話に置き換えると誰かが「ネットで叩かれた」と嘆いていたりするのを見ることがあります。自分もこうやって発信しているので当然叩かれる側になることもあって当事者になると一大事ですよ。気にする必要はないと分かっていてもやっぱりショックだし傷つきます。

でもこういう話って他人から聞くと「別にそんなこと気にすることないじゃん」としか思えない。完全に他人事でしかない。

正直言って、ネットでどうこう言われたなんて気にする必要ないと思うんですよ。そう分かっていても自分のことになるとそうはいかないっていうのと同じで、埼玉県と東京に対する劣等感とか、千葉に対するライバル心とか、群馬・栃木・茨城に対してマウントを取っていくところとか、外から見るとすっげーくだらない。

GACKTが言うようにそうやってくだらないと言っている人自身も劣等感と優越感を感じて生きてるはずなので、自分もこういうことやっちゃうよなと共感しながら見ると『翔んで埼玉』という作品がもっとおもしろく観ることができるはずです。

二階堂ふみが表現したかったこと

W主演を務めた二階堂ふみは作品の感想を求められてこのように語っています。

観ていてすごく気持ちのいい作品だなって思いました。エンターテインメントってこうだよなっていう。ごちゃごちゃした理屈抜きで、大きい画面で観るものとして、映画ってこうであってほしいなっていうことを再認識させてもらいましたね。

『Cut』2019年 03月号より引用

GACKTも言うように埼玉県を題材として関東ローカルのヒエラルキートークやマウント合戦って外から見ると本当にくだらない。しかも予告から埼玉をディスりますと宣言している映画ですよ。こんなくだらない映画を誰が観るんだって言ったら埼玉県民が一番観てますっていう結果です。

こんなバカバカしい茶番劇が映画館を満員にしてしまうってすごいと思うんです。

この映画を観に行くと決めた時点でくだらない映画だと分かっているから何を言われても笑ってすますことができる。ほんとエンターテインメントってこうやって頭からっぽにして何を言われても笑い話として受け止めちゃうっていうていうのがエンターテインメントの原点だと思うんです。

もちろん全部の映画が『翔んで埼玉』みたいな映画にしろとは言わないまでも、ディスられるという目の前に起きてることにスポットを当てすぎず、いじってくれてありがとうという視点で見るとなんでも許せちゃう。こういう余裕があると先ほどGACKTも言っていた世の中くだらないことがニュースになりすぎるっていう現象もなくなる気がするんです。

以前自分はお笑いをやっていましたが、ツッコミの流れで頭を叩くのが暴力と言われたらやってられないですよ。それはお笑いっていう約束事を見てる人も理解してくださいよって思ってしまう。

何事もお互いの関係性とか、話の前後関係によっても受け取り方は違ってきます。そういう行間をすっとばして事実だけを見て叩くのって結局自分たちで規制を増やしてつまらない世の中を作り上げてしまうわけです。

理屈抜きで笑える映画。それが『翔んで埼玉』です。

作品で起こる全てのことは笑い話と思って見ることができる作品に仕上がっていて、それこそがエンターテインメントの原点ですね。

まとめ

僕は埼玉県出身なので作品のおもしろさは十分に分かりますが、この作品を他県民が見たらどうなるんだろうと感じていたときに主演の2人が沖縄県出身ということで、埼玉を題材にした映画に対してどういう想いを感じていたのか気になっていました。

沖縄県にも南北で違うイメージがあるということで、埼玉県の見てくだらないなと思って笑うけど自分たちの身の回りでも似たようなことが起きてるよねということを感じながら演じていたというのは、埼玉県民が感じている劣等感や優越感てうちらだけの感覚じゃないんだなと分かって何かホッとしました。

↓↓映画を観たレビュー記事はこちら↓↓

映画『翔んで埼玉』レビュー 埼玉県川口アリオの映画館で見たときの観客の反応をレポート

2019.02.22
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心屋認定心理カウンセラーのハヤケンです。 アイドルの心理を研究しているうちに心理カウンセラーになってしまいました。現在はアイドルの記事を中心にブログを書いています。 執筆の依頼はお問い合わせフォームからお願いします。