【ネタバレあり】Netflix『The Sinner -隠された理由-』シーズン1~3を解説

映画

『The Sinner -隠された理由-』は2017年からアメリカで放送されているテレビドラマシリーズ。

現在はNetflixで配信されているドラマなんですが、心理描写や過去のトラウマの表現がうまい作品で批評家からも高い評価を受けています。

シーズン1~3を全て観終わって、個々のエピソードだけでなく作品全体が伝えていきていることも分かってきました。

激しい銃撃戦があるような派手さありませんが、アンブローズ刑事の執念深い捜査によって犯人の深層心理が暴かれていきます。

※以下の文章にはネタバレを含みます。ご注意ください。

 

シーズン1 コーラ編

あらすじ

夫メイソンと幼い息子レインと暮らすごく平凡な女性コーラは、家族でニューヨーク州郊外の湖を訪ねる。

そこで、音楽をかけて恋人とじゃれ合う男性を突然果物ナイフでめった刺しにして殺害してしまう。

その場で逮捕されたコーラは、自分は有罪であると認め、弁護士も要らないと主張。

しかし、取り調べでは混乱した様子で、なぜ自分が突然見知らぬ男性を殺したのかは分からない、かかっていた音楽がうるさかったと答える。

地元警察のベテラン、アンブローズ警部補は、コーラの動機を突き止めようと捜査を始める。

やがて、コーラの失われた記憶の中に事件の真相があるとにらむアンブローズは、コーラの消えた記憶を回復させようとする。

次第にコーラの衝撃的な過去が明らかになっていき……。

WOWWOW公式サイトより引用

それぞれの愛が伝わってくる作品だった

1話目の冒頭でいきなりコーラがビーチでイチャついてる男を7回も刺してるシーンから始まるのを見て、「これはヤベー作品だわ(;´・ω・)」とドラマを紹介してくれた人を恨んだものですが、最後まで見るとちゃんと謎解きがされていて納得の内容でした。

最初は知らない男なのにビーチで女とイチャついてるのにムカついただけかと思うじゃないですか。

実際に最初は面識ないと言っていたのでコーラの精神異常が招いたのかと思いました。

しかし、中盤以降は刺した男とは面識があって、妹が亡くなる原因になった男と分かり、さらに昔の音楽を耳にしたことで過去の記憶が蘇ってきたと1つずつ辻褄があっていく構成はいいストーリー展開ですね。

しかも、シーズン1のおもしろいところは、明確に誰が悪だとは断定できないところ。

もちろん、理由がどうあれ男を刺し殺したコーラは犯罪者ですが、異常な宗教観を持った母親、病気がちな妹の存在など家庭環境がコーラに大きな影響を与えていることは明らかです。

チョコレートを食べただけでお仕置きされ、落ちてたエロ本(実際はananの特集ぐらいの内容でしょうが)が見つかったら米の上に正座とか完全に虐待ですよ。

こんな環境で育ったのだからコーラがJDのような危険な香りのする男に惹かれるのも分かる気がします。

そして、いつまでも妹の病気をコーラのせいされる環境からは抜け出してよかった。

だから、コーラがあの日、家を出てJDのもとに行ったのは必然と言えます。

妹に関しても自らの余命がわずかがであることは気づいていたのでしょう。治る見込みもない病気と戦い、一生家の中で人生を終えることを想像したら、姉のコーラが家を出ていく前に外に連れ出してほしいと思う気持ちも分かります。

結果的に連れ出したことで妹は亡くなってしまうわけですが、妹は今まで見たことないほど幸せそうな表情を浮かべていたのだから妹は幸せだったんだと思います。

となると、妹と関係を持った男の存在を妹を殺した悪人と片付けてしまうのはあまりにも短絡的です。

コーラが家を出るのも、妹が外の世界を見たいと思ったのも、妹を関係を持った男も、それぞれの愛があって1つずつを切り取って責めることはできません。

このそれぞれに愛があるというのはコーラ編全体を通してのテーマといえます。

他にも、客観的に見れば異常に見えるコーラの母親も彼女にとっては娘を救いたいという愛からくるものです。

コーラを治療していた覆面を被った医者も弱みを握られて息子を守るためにやったこと。

JDに元彼女とされる女もJDを振り向かせたくて嘘をついていたと考えればそれも愛。

だから最後までシーズン1を見ると、それぞれに悪があって結果的にその悪が悲劇を招く要因になっていることは認めるものの、諸悪の根源はどこにあるのかと尋ねられると分からなくなってしまいます。

つまり、犯罪者というのは特定の異常者のみがなるものではなく、環境や心理状態によっていつでも自分が犯罪者になってしまう恐れがあるということです。

コーラは妹のために一生家にいるべきだったとか、妹は姉のためを思って家にいるべきだったなんて言えないでしょう。

それぞれの正義や優しさが悲劇の連鎖を生んでしまったとしても、自分は彼女たちを責められるほど偉い人間ではありません。

性的描写の必要性

アメリカのドラマでサスペンスものとなれば性的な描写が含まれていたとしても驚きません。

家族揃ってリビングでドラマを見ていたら多少の気まずさはあるかもしれませんが、言ってしまえばその程度です。

大人の男女関係において肉体関係を抜きにしては語れないことを考えると性的な描写そのものに対して問題視するつもりはありません。

しかし、そうは言っても安易な性的な描写は低俗な印象を抱かせるのものです。

『The Sinner -隠された理由-』にはシーズン1~3を通じて性的な表現が出てきますが、その描写を入れることにどういった意味があったのか疑問に感じるシーンがあります。

例えば、シーズン1でアンブローズ刑事がBARの女とドMなプレイをしているシーン。

このシーンが作品全体を通して何らかの伏線として機能しているのかと思ったら全く回収されません。

あえて解釈しようとすれば良好に見えた妻との関係がうまくいかなくなり、離婚することになった。

妻との関係が悪化してからも雨の日にも関わらず植木に水をやりにいくアンブローズは元妻に対して「私は努力したんだ」と叫びます。

僕は結婚した経験がないので結婚生活とは何か語る資格はありませんが、結婚とは忍耐であるとするならばアンブローズの言葉の意味も分かります。

そして、この思考が強く出ると相手の望むものや過激なプレイにも無条件で受け入れる忍耐こそが究極の愛情表現という思考にもつながってきます。

だから、妻との関係で満たされない自分の欲望をBARの女とのドMプレイで満たしていたという解釈も可能なのではないでしょうか。

ここまで考えると、ドMプレイの意味を汲み取ることはできます。

この作品がさまざまな愛が悲劇を招くという入り組んだ構成を取っていることからも、犯罪者が悪で、その悪人を捕まえる刑事が善といった単純な構造ではなく、刑事も人間で仕事を離れれば人にはとても言えないような性癖を持っているという欠陥を見せることで全体のバランスをとったように思えます。

とはいえ、本当にアンブローズのドMプレイが必要な描写だったのかと言われると疑問です。なくても十分成立したはずです。

反対に、コーラがJDと関係を持つシーンや妹が好きになった男と関係を持つシーンは物語の構成上必要だと考えます。

それはいいとして、ジュリアン編でジュリアンに殺される夫婦がやってるシーン、ジェイミーが妻とやっているシーン、アンブローズと妻とのシーンなど、夫婦でのシーンに関しては必然性を感じることはできませんでした。

シーズン2 ジュリアン編

あらすじ

ニューヨーク州北部にある田舎町ケラー。

旅行中の男女がモーテルで殺され、犯行現場にいた13歳の息子ジュリアンが2人を殺したと自供するが、身元も動機も分からず捜査は難航する。

地元警察の女性刑事ヘザーは、彼女の父親の友人アンブローズ刑事に捜査への協力を依頼し、彼は約15年ぶりに故郷のケラーに帰る。

事件を聞きつけて、ジュリアンの本当の母親だと名乗る女性ヴェラが現われたことで、被害者の身元が判明。

ヴェラたちは地元で問題視されているカルト集団の共同体、モスウッド・グローヴの住人であった……。

久々の帰郷でアンブローズは少年時代に受けたトラウマに苦しみ、ヘザーもまた、共同体に入って行方の分からなくなった親友を想い、心を痛める。

WOWWOW公式サイトより引用

共感できないストーリーだった

シーズン1のコーラ編は、それぞれの愛が伝わる作品だったと述べました。

登場人物の感情に共感できる作品になっていたので見ていてとてもおもしろかった。

当然シーズン2も期待していたのですが、シーズン1に比べると共感できない設定が多かった印象です。

まずジュリアンという子どもがナイアガラに向かう旅の途中で両親を毒殺します。

のちにこの二人は両親ではないことが判明しますし、毒殺にしてもあんなに苦しむとは想定外だったことが分かります。

新興宗教団体の過激な思想を受けて育ったジュリアンもある意味被害者であるという結末です。

でも、自分としては冒頭部分では親として扱われていた二人をまだ幼い子供が毒殺してしまうという過激行為に走ったことにいまいちリアリティを感じることができませんでした。

そんなこと言ったらコーラが見知らぬ男をメッタ刺しにした時点で共感もなにもないわけですが、コーラ編においてはコーラの心理的なトラウマを知ることで同情することはできました。

それがジュリアンの場合は、育ての親がめちゃめちゃヒステリックで全然共感できない。さらに新興宗教団体で過激思想家となればなおさらです。

終盤でアンブローズ刑事が言っていますが、育ての親であるヴェラは子供のため子供のためと口では言うものの、実際のところは子供のためというより相手をコントロールしたいだけにしか見えません。

相手の話を聞かず、感情的に畳みかけてくる話し方や相手に恐怖の感情を与えておいてそれこそが真実と思わせてマウントを取ってくるあたりはどうにも好きになれない。

物語が進むと実はジュリアンの親はマリンだったことが分かります。

まるで悲劇のヒロインのように登場するマリンですが、産後も育児放棄をするような態度を取り、子供のもとを離れておいて、いきなり登場して親権を主張するのは身勝手すぎます。

誘拐なんてしたらジュリアンも恐怖を感じるのは当然で親友であったヘザーとの関係もマリンの身勝手さが破綻させたと考えればマリンにも共感はできません。

しかも最終話では、ヘザーの父親がマリンを襲っていてジュリアンの父だったとかもはやなんでもありな結末です。

ちなみに疑問なのはジュリアンの父がヘザーの親の可能性はあるとして、教祖との関係もあったわけで教祖の子供っていう線はないんでしょうか。

まぁ真相はどっちでもいいとして、シーズン1に比べると登場人物の心理に共感できないという面で期待はずれに終わったシーズン2でした。

シーズン3 ジェイミー編

あらすじ

スピードの出し過ぎによる衝突事故でジェミー・バーンズは助かるが、彼の旧友は命を落とす。ハリー・アンブローズ刑事が事故現場に向かう。

Netflix公式サイトより引用

闇の深さが強調されたシーズン3

シーズン1コーラ編、シーズン2ジュリアン編とシーズン3ジェイミー編の大きな違いは、1と2が冒頭に殺害シーンがあり、その犯行動機を見ていくストーリー展開なのに対して、シーズン3では殺害を繰り返していくことです。

イケメンで生徒にも人気のある教師。

家庭では子供が産まれる直前という理想的な人物像を見せている反面、1話目の冒頭からマリファナを吸っていて終始幻覚に悩まされています。

ずっとイライラして思い通りにならない鬱憤を他人に感情を爆発させることでしか処理できないとなれば、シーズン1で見せたような登場人物への共感を感じさせるようなストーリーではありません。

犯罪者の心理を見ていくと客観的に見れば明らかに加害者であるにもかかわらず自分は被害者だと思っているケースがあります。

家庭環境、経済力、人間関係、仕事など自分の思い通りならないことは全て他人のせいだと考えるのです。

だから、被害者家族が加害者に対してせめてもの償いとして謝罪の言葉を要求しても応じないんです。なぜなら、犯罪者の理論でいえば自分は被害者だからです。

そんなの犯罪者の勝手な理論であることは百も承知のうえで、犯罪者には自らのストレスを他人のせいにしたり、他人を攻撃することによって解消しようとする人がいることも事実で、ジェイミーも他人への攻撃性を見せていることから同じ傾向を感じます。

具体的にいうと、

・悪友ニックとの関係性を断ち切れなかったこと

・教え子の進路を強引に変えようとしたこと

・パーティで一緒にいた男に嫉妬して暴言を吐いたこと

・警官に追い出された先の階段で物を投げつけていること

・霊能力者を感情的に殺したこと

・アンブローズ刑事の大切な人を殺害しようとしたこと

これらはどれも本来は自分自身の問題であるにもかかわらず、自らの責任からは目を背け何かに当たることで解消しようとばかりしています。

人間生きていれば苦しいこともあるでしょう。

思い通りにならず、うまくいかないこともあります。

それでも苦難を他人への攻撃性ではなく、自分自身の問題として受け止めることで消化していくんです。

僕自身も好意を持っている人から誘いを断られたときはショックでした。

それは単純に断られたという事実に留まらず、好意が他の人に向けられているという現実を受け止めるのは時間がかかりました。

いや、本音で語るなら今でも眠れなくなるときがあるので片付いていないのかもしれません。

それでも絶対に相手のせいにしないと心に決めています。

だって相手が自分の誘いを断るのは自由だし、他の人との約束を優先することもまた自由です。

自分が他人をコントロールできると思っているとしたらそれは傲慢な考え方です。

シーズン3にはニーチェの言葉である

「深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ」

という言葉が出てきます。

「超人」と訳された言葉のように超越した人間になろうとすると、自分は他人とは違うんだという自己愛に支配されてしまう危険性があります。
深淵を覗いているうちに気が付いたら闇の世界に落ちてしまうということです。

この闇の世界に落ちてしまうリスクはゼロにはできないにしても、対処方法としては他人のせいにせず自分自身の問題として向き合うことにあるのではないでしょうか。

アンブローズ刑事の大切な人を殺害しようとしたことは極端な例としても、フラれたときにその人の好きな人がいなくなれば自分に好意が向けられるのではないかと考えたことはありませんか。

シーズン1のコーラ編に出てきたJDの元彼女がまさしくそのような人物でしたが、冷静になればJDの前からコーラが消えたとしてJDが元彼女に関心を向けるかといったらそんなはずないことぐらい分かります。JDは違う誰かを探すだけです。

でもJDを必死に振り向かせることにしか考えていない元彼女はそれが見えないんです。

ジェイミーに関しても、これは自分自身の問題であって他人に感情をぶつけることではなんの解決にもならないという考えがジェイミーにあったら、ここまでの悲劇は起こらなかったのかもしれません。

ちなみに僕が誘いを断られた人との連絡を絶った数日後にまた違う素敵な人が現れるのだから不思議なものです。

結局、片想いというのは変わらずですが、相手の気持ちはコントロールできないのであまり気負わないようにしています。

自分ではどうにもできないことは心配してもしょうがないですからね。

こうやって自分に都合の悪い未来も受け入れる覚悟ができると心は少しずつ落ち着いてくるものですが、ジェイミーにはそういう未来を受け入れることができなかったかな。

まとめ

シーズン1~3まで観て、コーラ編が一番感情移入しやすい作品に仕上がっていておもしろかったですね。

2と3もけして悪くはないんですが、もう少し共感しやすい設定にしてもよかったのではないでしょうか。

『The Sinner -隠された理由-』はシーズン4の制作に取り掛かるようなので次回作も楽しみにしています。

できればシーズン1のような構成をもう一度見てみたいなぁと思いながらNetflixに公開される日を待つことにしましょう。

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心屋認定心理カウンセラーのハヤケンです。 アイドルの心理を研究しているうちに心理カウンセラーになってしまいました。現在はアイドルの記事を中心にブログを書いています。 執筆の依頼はお問い合わせフォームからお願いします。