欅坂46『黒い羊』MV考察Vol.6 小林由依がブログで解説!キャプテン菅井友香は白い羊?

欅坂46

欅坂46の8枚目シングル『黒い羊』のMVが公開されてから多くの考察記事が出てきました。このブログでも自分の考察記事やコメントでいろんな意見を目にすることでMVの解釈の多様性を感じています。

MVの解釈についてはメンバー自身も少しずつ語ってくれているので、メンバーから発信された内容を見て行きましょう。

小林由依 あなたが感じたことがあなたにとっての正解です

ゆいぽんがブログで『黒い羊』について語っています。

メンバーからの発信はそれが答えとして受け取られてしまいかねないため、かなり前置きの部分で慎重になっていますがこのように書いています。

いろんな意見や考察があると思います
でも、あなたが感じたことがあなたにとっての正解です。

この黒い羊を見て聴いて、あなたが感じたことは
他の誰かに分からせようとすることでもないかなと思うし、相手の意見が違うのは当たり前だと思います。

それは意見が違うからといって分かり合おうとしなかったその瞬間に、黒い羊も白い羊も生まれるんだと思います。

このミュージックビデオでは、
分かり合う、向き合うということを、
抱きしめているという行為で表現しています。
だから時に抱きしめようとする相手を跳ね除けてしまう場面もあるし、強く抱き合う場面もあります。
一つ一つの抱きしめ方も少しずつ違うので
そういうところも見ていただけると、
また違った感想を持つかもしれません。

何回も見たら何通りの感想があっていいミュージックビデオだと思います
その中で自分にとっての正解を見つけてみてください!

2月10日更新 小林由依公式ブログ

新宮監督がMVで表現したかったことは「触れ合うこと、確かめ合うことの大切さ」です。その手段として平手が苦悩するメンバーに対してハグをするという方法がとられています。

まずゆいぽんは前提として、解釈は自分が感じたそれこそが正解であって意見が違うことは当たり前だと言っています。自分と意見が違う人がいたからといって黒い羊扱いすることはないし、反対に自分の解釈が少数派であったとしても自分を黒い羊だと思う必要はない。

それぞれの解釈があっていいという個性を尊重しています。

育ってきた環境も違えば当然に感じ方も違うわけで、他人と自分の考え方が違うことを受け入れることをしなくなった瞬間に黒い羊と白い羊が発生してしまう。意見を押し付けるのではなく、そういった考え方もあるんだなと受け入れることの大切さを教えてくれます。

そして抱きしめる行為が「分かり合う、向き合う」ことを意味していると語っています。

ハグは愛の表現なので、大きな意味で愛だとは分かっていましたが「分かり合う、向き合う」っていう意味でも使われているんですね。

平手はメンバーの苦しみを少しでも分かってあげようとしていたわけです。他人のことに干渉しないことこそが良しとされる世の中で、あそこまで他人に積極的に干渉していく平手を通して、もっと触れ合うことの大切さを新宮監督は伝えたかったということです。

菅井友香 私は白い羊なんですけどね(笑)

ゆっかー(菅井友香)は売れないデザイナーの役で、大切な父親を亡くした設定になっています。さすがに映像を見ただけではデザイナーというところまでは分かりませんでしたが、そういった細かい設定があることでメンバーも役に入り込みやすくなっていくのでしょう。

黒い羊を演じるゆっかーもBOMB (ボム) 2019年 03月号のインタビューではこのように語っています。

黒い羊にははみ出し者という意味があって、他とは違うことに向き合って、それでも自分を貫こうという歌。ただ、私は完全にはそうはなれないんですよ。私自身は立場上、自分の意見を殺してみんなとうまく折り合いをつけるということも必要なので、白い羊を貫くのが私らしさなのかもしれません(笑)

BOMB (ボム) 2019年 03月号より引用

これはおもしろい意見だなと思って読んでいました。

歌詞に登場する主人公「僕」は黒い羊ではみ出し者。絶対に自分を偽って白い羊の振りなんかしたくないんだと強い意思を持って白い羊と立ち向かっています。

そのため「白い羊=悪」と受け取ってしまいがちですが物事はそう単純ではなくて、ゆっかーのいうように生きていくなかでどうしても自分の意見よりも調和を優先しなければいけないときがある。むしろ、社会で生きていくためには白い羊にどうしたってならなきゃいけないときだってあります。

つまり、白い羊になることが必ずしも自分を偽ることにつながるわけではなく、白い羊を貫くことが自分らしさであるという自分の立ち位置がしっかり見えているゆっかーっていうのはすごいなと思いました。

ゆいぽんが解釈の多様性をしつこく訴えたように、白い羊を貫くという覚悟を持っている人間を受け入れる多様性も黒い羊には必要だということです。

まとめ

この『黒い羊』という物語を見て自分が黒い羊として見るのか、白い羊として見るのかによって見え方は大きく変わってきます。

それぞれの解釈があって、そのぞれの人生によって共感できる部分が違ってくる作品だと思います。そんな作品においてメンバー自身も私は白い羊であると捉えていて、けしてそのことをネガティブに受け止めていないというのは注目すべき視点です。

自分が白い羊であることはけして自分を偽り白に染まっているとは限らないわけです。そうすることが求められるケースだっていっぱいある。自分が白い羊だからといって自分を責める必要なんてない。このメッセージは物語を考えるうえでいい勉強になりました。

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心屋認定心理カウンセラーのハヤケンです。 アイドルの心理を研究しているうちに心理カウンセラーになってしまいました。現在はアイドルの記事を中心にブログを書いています。 執筆の依頼はお問い合わせフォームからお願いします。