『ROCKIN'ON JAPAN』2019年6月号で表紙を務めているのは欅坂46の平手友梨奈です。
Vol.4はこちら。
今回は愛知の実家を離れて東京での生活、平手の心境の変化、代々木での1stアニバーサリーライブについてお話ししていきます。
実家を離れ東京の寮での生活
やっぱ写真集出して欲しいなー??
(出ないだろーなー??)#平手友梨奈 pic.twitter.com/mtebAMLMsG? こんがりてっちー???? (@7Jm9Un4WHODpdom) 2019年5月8日
名古屋で開催されるオーディションに行くときも名古屋にいくのさえすごい緊張したと言ってる子が、とにかく早く家を出たいと言ってることや留学まで考えていることに違和感を感じる部分です。
地方の田舎街しか知らなかった中学生の少女が東京の寮に入るって相当な一大事じゃないですか。平手はそうは捉えていないようですが、やっぱり中学生で親元を離れるって普通なら寂しい気分になりそうなものです。
でもインタビューでの平手の言葉を読んでいくと全く感傷的な気持ちを感じない。留学するか、アイドルになって東京に上京するかの違いであって家を出ることは平手の中で規定路線だったようです。
ここまで読んでくると兄貴が勝手にオーディションへ応募したというところで家族が1人登場しただけで、家族の話が全く平手の口から出てこないことに気づきます。
平手はよく「記憶がない」という言葉を使います。一見すると政治家の常套句のようにも感じる言葉ですが、平手の場合は本当に覚えていないんだろうなと思っていました。
『黒い羊』のMVで階段を昇った後に発した一言を本人は覚えていないというのは、それも平手らしいなという感覚です。
でも小学生のときの記憶が丸ごとないって記憶喪失でもない限り考えられないじゃないですか。まだ17歳なんだからほんの5,6年前の話ですよ。
じゃあ、そういう自分は自分自身の小学生の時の記憶を覚えてるかって言ったらあんまり覚えてない(;^ω^)
それは単純に平手が17歳で自分が35歳という小学校を卒業してからの月日の違いがあるのはもちろんですが、それだけじゃなくて小学校の時って、いじめられてたときもあったし、ここで同調しなきゃ裏切り者かってぐらい他と違うことが許されない感じが息苦しくてしょうがなかったんですよ。
自分にとって小学校のときは暗黒のイメージしかないので、思い出したくないものばかりです。
そんなことを考えていたときに「あ!( ゚Д゚)」と思ったんです。
平手が言う、なにもない、記憶がないというのは本当に何もないという意味よりも思い出したくない記憶だからなかったことにしているという感覚のほうが適切なのかもしれません。小学生の時の記憶は消去しましたって感じね。
もしそうだとしたら単純に考えればいじめです。
家族のことについて語りたくないのであれば親子関係ということになりますが、ただ兄貴はオーディション応募しちゃうぐらいの関係性と考えるとそんなに険悪とも思えないし、東京に出てきてからの生活費を親が出していると思うと親子関係が悪いと決めつける証拠となるエピソードはないんですよ。
う~ん、小学生の時にいじめがあったとか、親子関係が険悪だったことを証明するものは何もないのだから深読みしすぎてるだけって可能性も十分あります。それを承知の上で語るなら、平手のような人格が形成される過程において、いじめとか、友達の裏切りとか、そういった彼女の心を傷つける重大な出来事が起きているような気がしてならないのです。
だってそうじゃなきゃ「自分が生きてきたとは思えない。思いたくない。」なんて言わなくないですか。
これも平手という天才を常識に当てはめて考えているだけと言われればそれまでですが、どうもそんな深読みをしてしまいました。
でも結論はどちらにしろ、本人が語りたくないのであれば無理して語る必要もないし、そんなことを聞いてくれとも思っていないのでいいんですけどね。
平手友梨奈の変化
#欅坂46 #平手友梨奈 #黒い羊
創拡#絵を描く人々 #絵描き人 #絵描きの輪 #イラスト塾 #絵師の集い #イラスト基地 #私の描いた推しを見て pic.twitter.com/IfQR4W3ioo? ちゃん☆恋塚 (@koizuka61) 2019年5月7日
平手が変わったのは不協和音からというのは納得ですね。このあたりから平手は変わっていきました。自分の意見を言い始めたのもこの時期で、精神的に不安定さを見せるようになってきたのもこの時期からです。
それぐらい不協和音という曲の持つメッセージというのは強烈で、メッセージ性が強いとかそんなありきたりな言葉で語れるレベルではなく鋭利な刃物が刺さってしまったぐらいの感覚です。
欅坂46を好きになってからいろんな本を読んできましたが、不協和音あたりから平手から感情が消えたという認識はだいたい一致していて、その理由が不協和音の世界に平手が入り込んでしまうからだという分析でした。
いかにも平手らしい変化だと思うのと同時に1つの楽曲が1人の女の子の人格まで変えてしまうほどの影響力を与えているというのは、にわかには信じられませんでした。それはあまりにも物語として捉えすぎているのではないかと思ったのです。
でも、どうやったら欅坂をよく見せられるかをずっと考えているというぐらい欅坂のことを考えているのだから、楽曲の世界観が平手の人格に多大な影響を与えても不思議ではないことが今なら分かります。
バレエもピアノもバスケもなんとなく勧められるがままに始めて、ずっと辞めたいと思っていたのに自分の感情を押し殺して生きてきたわけです。
それがデビュー曲『サイレントマジョリティー』の歌詞を読んで気づかされた部分ていっぱいあると思うんです。というか、秋元さんが平手の思考からヒントを得て歌詞を書いてるはずなので、平手がまさしく自分のことを言われているような気分になるのは当然といえば当然なんですけどね。
ただ、サイマジョが平手にとってのターニングポイントとなる曲であるとはいえ、デビュー当時の平手がいきなり激変はできなかった。
そこから『世界には愛しかない』『二人セゾン』などを経験して、再度メッセージ性の強い『不協和音』が来たことで平手の中に溜まっていたものが爆発して『不協和音』は平手の第二のターニングポイントになる曲となりました。
そして平手は自分の意見を言うようになります。
平手が平手らしく生きるための一歩になる変化です。
自分の感情を押し殺して生きることの生きづらさ。
言い方を換えれば、自分の感情を優先させてはいけないという禁止が平手の心にべったりと張り付いていたんです。それが自分はこうしたいと言ってもいいと考えることは自分自身に許可を与える行為で、これは平手のこれまでの人格を考えると重要な出来事だと言えます。
きっかけは1stアニバーサリーライブ
これのポスターほちい??
ご飯作り終えた笑#平手友梨奈 #ロッキンジャパン pic.twitter.com/qgPEOkoKCR? こんがりてっちー???? (@7Jm9Un4WHODpdom) 2019年4月25日
この1stアニバのセトリが本当に嫌だったというエピソードは過去にも語られていたと思います。
でもそのことがきっかけで平手の中に「私だったらもっとこういうセトリにするのに」っていう感情が芽生えてきた。
心屋の考え方って、好きなことだけして生きていこうって考え方なんですが、好きなことが分からないっていう人がいるんです。これについては以前の記事で「極めてないと好きだと認められない」ってパターンがあるとお伝えしました。
だからハードルを下げてみなって言うわけです。でもやっぱり分からないっていう人は、好きなことが分からないなら嫌なことを一つずつ止めてみなと伝えます。
仕事をやりたくない、家事をやりたくない、なんでもいいんです。好きなことは分からなくてもやりたくないことは分かるでしょう。そしてそれを1つずつ止めていいよと許可をしてしまいます。
まぁ言いたいことは分かりますよ。仕事辞めたら生活どうするんだとかね。そこを語り始めると話が脱線しすぎるので今回は割愛するとして、自分が不快に感じたことから自分の感情の本音が見えてくるんです。それを「でも〇〇だから・・・」と言ってやらないから苦しくなっていることに気づくって大事。
平手は1stアニバがどうしても許せなかったことで自分の感情に気づくことができました。
平手の中で、もっとこうしたいという思いがあったけど私が口出しすることじゃないし…みたいな葛藤があった中で秋元さんに言ってみたら「おもしろい」と言ってくれた。
インタビューの文章からは秋元さんがおもしろいと言ってくれたときの喜びはそんなに伝わってこないんですが、平手にとっては相当嬉しかったんじゃないかな。
興味のないピアノに関しては褒められても全然嬉しくなかったと言いますが、平手史上もっとも情熱を傾けている欅坂46のことで自分の感性が認められたという感覚は格別だったと思います。
ここらへんから「欅坂をもっとよくしたい」「楽曲を届けたい」という平手の情熱が開花していきます。
インタビュー記事の中でも「欅坂をよくしたい」という言葉が何度も出てきます。
平手のこういった感情が湧いてきた理由を自分に置き換えて考えてみると、自分がお笑いをやっていて笑いをとったときに嬉しかった理由って自分がおもしろいと思ったことに対して、お客さんが共感してくれたからなんです。
あ!伝わった!っていう感覚が嬉しい。
人間て誰しも自分の感性に誰かが共感してくれたときって嬉しいと思うんですよ。平手にとって秋元さんにアイディアを話したらおもしろいと言ってくれた。そのことで自分の考えを相手も共感してくれることの喜びを感じた。
それは同時にその後に訪れるどれだけ伝えようとしても思ったように全然伝わらないことへの苦悩へとつながる序章でもあって、いつしか平手の重荷になっていたところを大阪の3周年アニラで手放してみるという流れになっていきます。
意見を言わなくても苦しいし、言っても苦しいというのは完璧を求める平手らしいところですけど、そうやっていろんな苦しみを乗り越えていく過程で成長していくと思えば悪いことばかりではないでしょう。
まとめ
ようやく残り3ページってところまできました。
一つのインタビュー記事からこんだけいろんなことを書けるんだから平手推しにとってこの本はバイブルですね。それでいて税込617円て逆に安すぎて大丈夫なのかなって心配になっちゃいます(笑)
ではここらへんでVol.5は終了。6はセンターについて触れていきます。
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