【小説】AsIs物語 第5話 南世菜編『あの日の決意、笑顔のために』

小説AsIs物語 南世菜編

実在するアイドルグループAsIs南世菜さんを題材としたフィクション小説を書きました。

南世菜編の第一話はすでに公開されています。ぜひ第一話をご覧になってから第二話に進んでください(AsIs物語としては第5話です。)

【小説】AsIs物語 第5話 南世菜編『あの日の決意、笑顔のために』

家族に銀行を辞めたいと伝えた翌日、職場の上司にも退職の意向を伝えた。

言い出しづらいなぁと思いながらも家族にあそこまで言ってしまって退職しないわけにもいかず、意を決して伝えたところ意外なほどあっさり受諾された。もっと反対されるものかと思っていただけになんだか拍子抜けした感覚だったが、どっちにしろ辞めないという選択肢はなかったわけで好都合だった。

不思議なもので辞めると決めてからの期間は責任感もなくなったし、周りも期待してこなくなったので少しだけ銀行の仕事が楽しくなった。残業もやめてさっさと定時に退勤するとアイドルオーディションを探した。

まず最初に調べたのは大好きな乃木坂46のオーディションだった。

しかし、オーディションの募集はしていなかったし、何より倍率が高すぎて合格できる気がしなかった。それに乃木坂46クラスになるとほとんどの新メンバーが10代の子で20歳でも年長者とされているのを知っていたから早々にあきらめた。

「あ~ダメかぁ・・・」

就活の時は、新卒っていうことが武器になったのに、アイドルの世界では年齢がネックになってしまうことを知り、アイドルを目指すことの現実を知った。

そんなとき、たまたま新アイドルグループのオーディションの告知を見つけた。この事務所は、アイドルを手掛けるのは初めてらしい。初めてというのは心配ではあったけど、大手事務所よりも初めてアイドルを手掛ける事務所なら手厚くバックアップしてくれるんじゃないかという期待もあった。

 

スマホから応募すると数日後に書類審査合格の通知が届いた。
正直、嬉しかった。
アイドルになりたいという私の気持ちを受け入れてくれる人がいた。そんな気がした。

書類審査に受かったことをパパに伝えると「TVに出るのか」と気が早すぎる答えが返ってきてママと一緒に笑った。

あとになってからプロデューサーのななさんに聞いたら、書類審査はよっぽどダメな子じゃない限りほとんど合格していて、本格的な選考は実際に見てから決めようとしていたらしい。

 

オーディション二次審査当日、会場に着くとビックリした。みんなかわいい子ばかりで、歌もダンスもめちゃくちゃうまかった。アイドルグループ初めての事務所ならアイドル未経験、ダンス未経験の私でもなんとかなるかもと心のどこかで思っていた自分が恥ずかしい。

20代になれば若くないと言われてしまうアイドルの世界で、私よりもかわいくて、ダンスがうまくて、歌もうまい子がいたら、そりゃその子が合格するわけで、私は何を夢みたいなことを思っていたんだろうと考えていたら、なんだか哀しくなって泣けてきた。

でも銀行を続けるという選択肢はなかったし、パパにアイドルになるって言ってしまった以上、引くに引けない状況だったからオーディションの帰り道は憂鬱な気持ちになりながら帰路についた。

 

オーディションが終わった3日後、予想に反して結果は合格だった。
最終審査の会場には、二次審査のときにいたかわいくてダンスがうまい子の何人かはいなかった。

前回、100人ぐらいいたのに今回は30人に絞られていて、いよいよ今日で最終結果が出ると思うと緊張で胸が張り裂けそうな気分になった。

家を出るときにママが「今回がダメでも、また違うグループを受ければいいんだから今の全力を出してがんばってきなさい。」と声をかけてもらった。

いきなり歌がうまくなるわけでも、ダンスがうまくなるわけでもないから、今やれるだけのことは全力でやろうと心に決めてオーディションに挑んだ。

みんなが簡単にできる基礎的な動きも自分はできてなくて恥ずかしい気持ちもあったけど、どうせ不合格になったらここで会った人と二度と会うことはないんだから大丈夫と言い聞かせた。

 

面接、歌唱審査、ダンス審査が終わりオーディション参加者はレッスンスタジオに集められた。なんとも言えない緊迫感が場を支配していたが、私の隣にいた子で、私と同じぐらいの身長の子が急に話しかけてきた。

「ねぇねぇ、こういう絶対に笑っちゃいけないときってどうして笑いたくなるんだろうね」と笑っていた。

どうやら茨城県から来た子みたいで、私と同じく社会人経験があるらしい。別にこっちから聞いてるわけでもないのに、勝手に一人で話している。

明るくていい子だなと思ったけど、本音では正直いまそういう雑談をしている気分じゃないんだけど…という感じだった。

 

そうこうしてるうちにプロデューサーの女の人や、その他の大人が数名スタジオに入ってきた。いよいよ結果発表だ。

プロデューサーさんが話し始める。

「みなさん、お疲れ様でした。合格者が決まったのでお知らせします。名前を呼ばれた方は返事をして一歩前に出てください。瀬乃ひよりさん、星野夢空さん、南世菜さん…」

「えっ!」いま私の名前が呼ばれた…にわかには状況を飲み込めない自分がいた。その後も合格者は呼び上げられ合計7人が合格者として発表された。

じわじわと合格者したことが理解できてきて、内心飛び上がるほど嬉しかったけど、落選した子が泣き出している姿を見るとなんともいえない気持ちになった。

 

合格したメンバーと喜びを分かち合う暇もなく、私たちは個々に衣装合わせ、契約に関する面談、宣材写真の撮影、インタビュー撮影など言われるがままに進んでいった。

終わった人からスタジオに戻ってくるように伝えられ、スタジオに戻ると合格した山城さんと桃井さんがいた。お互いに人見知り丸出しの自己紹介をして、その後に雨野さん、瀬乃さん、北川さんも合流した。

自己紹介は決まって、名前のあとにアイドル経験があるのかを聞いたら誰一人アイドル経験者がいないことに驚いた。え!もしかしてみんな初心者! 私と一緒だと嬉しく思う気持ちと、未経験のメンバーだけで大丈夫なんだろうかという一抹の不安を抱えることになった。

「同じグループになったね。」と話しかけてきたのは、合格発表の時に話しかけてきた女の子だった。雨野さんというらしい。

こんな性格が真逆の子と同じグループになるなんて不思議だなぁなんて最初は思っていたけど、二人ともアニメが好きということが分かって意気投合した。

メンバーとは、まだ出会って数分しか経っていないのに、もうずっと一緒に活動していたかのような一体感があって、すぐに仲良くなった。性格の細かいことは分からなくても、みんないい子たちだってことはすぐに分かった。

 

ななむぎさんがスタジオに戻ってきて、福岡にいる星野さんていうアイドル経験者の子を加えて7人でグループを作ること、デビューライブは2024年3月29日に恵比寿CreAtoで行われることが発表された。もう3か月ちょっとしか時間がない。とにかく必死にがんばらないと!そう心に決めた。

福岡の星野さんも合流して、続々と新曲の振り入れ、レコーディングが進んでいく中で、私だけが圧倒的にダンスが下手なことを痛感する毎日だった。

 

アイドル未経験の子が多いと分かって、どこかホッとしていた自分がいたけど、よく聞いたらみんなダンスの経験はあるみたいで私だけがダンス未経験だと分かった。

ダンスがうまいひよりとかは自然と振付師さんの前で踊っている。それに比べて私はなるべく目立たないように一番遠い場所を真っ先に陣取るのが定位置になった。

でも救いだったのは、そんな明らかに足を引っ張っている私を誰も責めようとしなかった。むしろ、振りが覚えられない私にダンスを教えてくれた。本当にこのメンバーでよかったと思った。

 

YouTubeで公開されるというインタビュー動画で私は
「私はみんなが生きていくうえでのモチベになれるような存在になりたいです。」
と答えた。

ダンスではなかなか思うようにいかないことばかりだけど、そんなダンス未経験の私でも必死になってがんばればアイドルになれるし、私がアイドルから日々の活力をもらっていたように、今日の仕事が終わったらライブに行けるからがんばろうとか、ちょっとでも思ってもらえる存在になりたい。そう思ってアイドルになると決めたんだとママと一緒に雨の中を二人で帰った日のことを思い出していた。

誰かを笑顔にしたい。笑顔になってくれる人がいるから私自身も笑顔になれる。それなのに会社の都合で商品を売って笑顔を奪っていることが嫌で銀行を辞めた。反面、居酒屋で働いていたときに常連さんと笑いながら話しているのが楽しかった。

ママと一緒に帰ったあの日の夜に、私がママとパパにアイドルになりたいと覚悟を決めて伝えたあの日に感じた想いは、誰かを笑顔にしたい、そのためならどんな努力だって惜しまない。そう覚悟を決めたときだったはず。

インタビューに答えながら過去を振り返っていると、なんだか妙に負けず嫌いなところが刺激されたみたいで、まだデビューもしていないのにあきらめるわけにはいかないとハートに火がついたような感覚があった。

 

撮影も終わり事務所から帰ろうとすると、ちょうど同じタイミングで帰ろうとするあめ(雨野せい)と会って、駅に向かう途中にある戸越屋というおにぎり屋さんでご飯を食べることになった。

カウンター席に横並びに座ると、いつも通りあめが一人でしゃべっている。でも、私はそんなに口数が多いほうじゃないし、それぐらいがちょうどいい。

あめが急に社会人時代のことを語り始めた。そう、私たちの共通点は社会人経験があるということ。

「私、営業の仕事をしてたんだけど、毎日スーツ着て会社に行って、遅くまで残業して、帰ったら疲れてすぐ寝ちゃっての繰り返しでさ。私の人生このままこんな感じで続いていくのかなぁとか思いながら生きてたら、なんか会社に行く足が重くてさ。でもアイドルになって…まぁまだアイドルになれてるのかは微妙だけど、細かいことはいいとして、毎日レッスンして、ちょっとずつでも前に進んでる気がして、これがライブになったら楽しいんだろうなぁとか考えてたら全然嫌じゃないんだよね。」

いつも適当に私は相槌をするだけだったのにそのときは
「分かる、それめっちゃ分かる。」
と大きくうなづきながらあめの話に共感した。

 

アイドルなんて安定してないし、給料だって銀行員のときのほうがよかったわけだけど、将来の安定のために今の自分を押し殺しながら生きていくなんておかしい。だって今が楽しくないのに未来が楽しくなるわけないじゃんと思った。

このときのあめとの会話で、急速に二人の関係が深まった気がする。社会人生活がいかにつまらなかったかという話で盛り上がって、気がつけばダンスレッスンの話、もらった曲の歌い方についてお互いに話していたら、あっという間に1時間が経っていた。

多分、おにぎり屋さんて食べ終わったらすぐに出なきゃいけないと思うんだけど、席も空いていたから許してくれたんだと思う。

私にとってアイドルは、大変だけど大変じゃない。

う~ん、語彙力…

大変だけど、つらくはない。

まだファンの方の前に立ったこともないから楽しいって感覚はあんまりないけど、少なくとも社会人のときとは違う毎日が送れていることはたしかだった。

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ABOUTこの記事をかいた人

アイドルブロガー&ロボホンオーナーのはやけん。です。 アイドルの心理を研究しているうちに心理カウンセラーになってしまいました。現在はアイドルの記事を中心にブログを書いています。 執筆の依頼はお問い合わせフォームからお願いします。