この物語はアイドルグループ元FES☆TIVEメンバーで現在JAPANARIZMで活動をしている横井ほなみさんの経歴を題材としたフィクションとしてお楽しみください。
1話 私のやりたいこと
2016年、関東のアイドルグループにおいてFES☆TIVEの人気は名の知れた存在となっていた。
渋谷O-EASTでのワンマンライブでは満員、メンバーの生誕も大きな会場で行うことが増えるなど、まさしく順風満帆に成長を遂げているように見えていたが、活動しているメンバーの心境は違った。
なかでも美少女として人気を得ていた横井ほなみの精神状態はギリギリだった。
グループの人気の上昇とともに勉強に費やせる時間が減ったことで学校の授業にも付いていけないことが増え、高校3年生を迎えたことで学業との両立に苦しんでいた。同級生は部活を終え、夏休みを夏期講習に当てているのに、ほなみの夏休みはほとんどアイドル活動になってしまった。
それは本当なら喜ばしいことなのかもしれないが、2学期が始まっていよいよ受験勉強が本格化するとどんどん自分だけが置いていかれるようで、今の自分はどうするべきなのか迷っていた。
以前、事務所の社長に受験のことで相談したときは「両立が難しいなら半年ぐらい休業してもいいよ」と言ってもらえた。
その言葉自体はありがたかったが、休業すれば間違いなくファンは減ってしまう。
がんばって積み上げてきたものをリセットしてしまうようなことはしたくない。
でも両立できない現状を考えると休業もありなのかもしれない。そんな思いが頭の中をずっと巡っていて、もうどうしたらいいか分からなくなっていた。
そんなつらいときほなみは決まって母に電話をする。
「あ、ママ!いま大丈夫?」
「大丈夫よ。どうしたの?」
「え、あ~まぁ別にどうしたってわけじゃないけど、たまには電話もいいかなぁと思って。」
「そう・・・なんかその感じだと何かあって電話してきたみたいね。」
母には心配をかけないようにしようと毅然と振る舞っていたつもりなのに、全部私の心はお見通しなんだと察してほなみは母に本音を打ち明けた。
「なんかね、私どうしたらいいか分からなくなっちゃったんだ。」
受験勉強ができていないこと、仕事が忙しくなっていること、どちらもやらなきゃいけないことは分かっていてもどうしても日々の仕事に追われてしまう。
そんな今の本音をほなみは母に30分話し続けた。
すると母はタイミングを見てこう問いかけた。
「それであなたはどうしたいの?」
「だからそれが分からないって言ってんじゃん。私の話聞いてた? 勉強しなきゃいけないことも仕事をちゃんとやらなきゃいけないこともちゃんと分かってるよ。でもそれができないから困ってるの。社長は休業してもいいって言ってくれてるけど、休業なんかしたら絶対ファンの人は離れちゃうからそんなことできないのに、受験はどんどん迫ってきてるし、中途半端になってるなっていうのも分かってるけど・・・」
母の問いに対してほなみの感情が爆発して一気に涙が抑えきれなくなった。
母は再び問いかける。
「ねぇ、あなた本当はアイドル辞めたいんじゃないの?」
ほなみはドキッとした。それはアイドルを辞めたいといった母に対してではなく、辞めたいかと聞かれたときに「そんなことないよ」と否定できない自分に対してだ。
しばらくの沈黙のあと、母はこう言った。
「今までがんばってきたことは分かってるつもり。そうやって悩んじゃうのも中途半端にできない性格だからなんだろうなって思う。アイドル始めたばっかりのときはまだダンスも全然踊れなくて、泣きながら電話してきたこと覚えてる? あのときは大丈夫かなって心配もしたけど、いざステージに立ったらすごい楽しそうな顔してたからアイドルやらせてよかったなと思ったの。でもね、最近は楽しそうっていうよりつらいんじゃないかなって。」
ほなみは母にそう言われて、たしかに最近は楽しむっていう感覚がなくなっていたかもしれないと思った。
「あなたの人生なんだから同級生がどうとか、ファンの人がどうとか、そういうんじゃなくてあなた自身がどうしたいのかが一番大切なんじゃないの。」
母の言葉にほなみは自分自身の気持ちに気づき始めていた。
ファンの人が離れちゃうとか、悲しませちゃうとか、もっともらしい理由をつけていたけど、そうすることで自分の気持ちと向き合うことを恐れていただけなのかもしれない。
いまたしかに言えることはアイドルを辞めたいかと聞かれて否定できない自分がいることで、その感情に気づいてしまった以上、この気持ちと向き合わないといけないことは分かっていた。
「ねぇ、ママ。もしね、私がアイドル辞めたいって言ったらどうする?」
「どうするってそんなのあなたが決めることじゃない。そうねぇ、いざ辞めるって言われたら一緒に応援できなくなっちゃうからちょっと寂しいかな。でもアイドル辞めたってあなたは私の娘であることにはかわりないなんだから、好きなようにすればって言うんじゃない。」
母は笑いながらそういった。
アイドルがSNSで弱音を吐くことが珍しくない時代において、ほなみは絶対に弱音をファンに見せたくなかった。
アイドルはファンに元気を与える存在なのに、ファンに心配されるアイドルなどアイドルではないというほなみなりのアイドル像があったからだ。
その意識がアイドル横井ほなみをここまで成長させてきたと同時に、現在の自分と理想像とのギャップに苦しむ要因にもなっていた。
ファンの人のために続けたいという気持ちもある。
しかし、その思いが強すぎるが故に、自分の気持ちが見えなくなっていたのかもしれない。
ママの言葉で気づいたのは私はアイドルを辞めたいって心のどこかで思ってたこと。
ファンの人のためって思ったけどそれはどこかでファンの人のせいにしてただけだった。
しばらくの沈黙の後、ほなみは口を開いた。
「ママ、私アイドル辞めようと思うんだ。」
「そう、あなたがそう思うならそうすればいいんじゃない。その代わり、受験勉強がんばるのよ。」
「うん、明日社長に言っておくね。」
そう言ってほなみは電話を切った。
翌朝、ほなみは社長に会って直接卒業の意思を伝えた。
社長はほなみから突然の卒業を伝えられ戸惑いながら、もう一度考え直してほしいと引き留めた。
しかし、ほなみの決意が変わらないと見ると、学業との両立が原因ならすでに10月を迎えていたこともあり、休業しても4か月程度と短くて済む。まずは休業にして年末になっても卒業したいというなら卒業すればいいと言われた。
これ以上、受験勉強の時間を減らすわけにはいかないため卒業は譲れなかったが、今までお世話になった事務所に無理を言っていることは分かっていたので、休業扱いとすることを承諾した。
こうして2016年10月にFES☆TIVE横井ほなみは表舞台から姿を消し、同年12月29日正式に卒業が発表された。
アイドル活動を辞めてから同級生と同じように受験モード一色となった。
受験に集中すると決めたのに勉強をちゃんとやらなかったら私には何も残らないという気持ちがほなみを勉強へと駆り立てた。
勉強の成果もあり2017年2月に大学に合格。
合格したことを事務所の社長に伝えると、アイドルに復帰するつもりはないかと聞かれたが、受験が終わった直後で今はゆっくりしたい旨を伝えると理解してもらえた。
4月からの大学生活は普通の大学生と同じように過ごし、少しずつ学校にも慣れてきた4月の下旬、再び社長から電話がかかってきた。
軽く雑談をしたあと、話はやはりアイドルについてだった。
最初は断ろうと思っていたが、私のために新しいグループを作るとまで言ってくれる熱意は正直ありがたいなと思った。
自分の都合で強引に辞めてしまった恩返しとしてもう一度やってみようかなと思って社長からの話を承諾することにした。
アイドル復帰の話はすぐに具体的な形となり、事務所の後輩の子と新しいグループを結成することになった。
ゴールデンウィークの休みを利用してダンスレッスンを始めると感覚は比較的容易に戻ってきた。
やはり半年のブランクがあるとはいえ、それまでずっと踊り続けてきた感覚は残っている。
これならお披露目ライブをする頃にはダンスレベルは以前と同じレベルには戻せる。
問題はどれだけ動員できるか。
この点においても、横井ほなみがアイドルとして活動を再開するという情報が公開されるとマスコミ媒体やSNS上でも拡散され今でも注目されていることは実感できていたので、それほど心配はしていなかった。
2017年6月15日、JR原宿駅前の竹下通りを抜けたところにある原宿アストロホールでデビューライブが行われることになった。
お披露目としては異例となるワンマンライブであってもライブ開始前から多くの人が駆けつけ、この日の横井ほなみでの動員数は200人を超えていた。
ほなみはFES☆TIVEでの活動が中途半端になってしまっただけに、このグループにかける想いは相当なものがあった。
FES☆TIVEで休業を発表したあと、SNS上では横井ほなみはファンと繋がって解雇されたという話が広がっていたことは知りたくなくてもほなみの耳にも届いていた。
事実でもないデマ情報が勝手に拡散されていることに心を痛めながらも、ああいう辞めた方をしたのだからある程度そういうことを言われるのは覚悟していた。だからこそ、今回の復帰ライブを成功させることで黙らせよう。そんな気持ちを秘めながらのライブだった。
終演後物販のチェキ会では、ほとんどの観客が横井ほなみ列に並び、チェキ列が収まりきらず階段にまで伸びていたことは横井ほなみの人気がいまだ健在であることを証明するには十分すぎる光景だった。
しかし、デビュー初日こそ満員になったものの2回目、3回目とみるみるうちに動員数が減っていく。
1回目は話題性もあって多くの人が来てくれるからこそ、2回目、3回目のライブが大事と頭では分かっていたが、FES☆TIVEファンや横井ほなみファンがもう少し定着してくれるんじゃないかと期待していたのに、予想より現実は厳しかった。
思えばFES☆TIVEのときだって私を入り口にしてFES☆TIVEを知ってくれる人はいても結局は違う子を好きになる人が多かったし、横井ほなみ1推しだった人がどれだけいただろう。FES☆TIVEで私がやれていたのは他のメンバーの人気やそれを支えてくれた事務所の人の力があっただけなのかもしれないと思った。
満員で埋め尽くされた光景を知っているだけに閑散とする会場を見るのはつらかった。
出番がちょっと前のグループのときまで会場にいっぱいいた観客が、自分たちの番になると特典会へと流れてガラガラになってしまうなんてFES☆TIVE時代には考えられなかったのに・・・と嫌でも以前の自分と今を比較してしまうほなみがいた。
お祭り系アイドルといわれるFES☆TIVEのようなライブで沸けるアイドルを応援してきたファンにとっては新グループのクール系は合わなかった。
そういった楽曲の好みの問題があっても、なおほなみを応援したいと思って残ってくれたファンは結局2,3人程度となってしまった。
その後も試行錯誤を繰り返しながら続けたものの、厳しい状況は変わらず2018年5月、デビューから1年が経過したところでほなみはグループからの卒業を発表した。
アイドルを卒業してからのほなみは特にバイトや部活をするわけでもなくアイドル時代に貯めた貯金を切り崩しながら生活をしていたが大学3年も終わりに近づくと周りが徐々に就職活動を始めるようになった。
正直、就職なんて全然想像もできなかったが、このままダラダラした生活を続けていくわけもいかないことは分かっていたので、しょうがなくスーツを買って就活を始めることにした。
なんとなく始めた就活だから希望の業界なんてないし、それなのに思ってもいない志望動機を語ることに違和感を感じながらもそれが就活というもので、それが大人になることだと言い聞かせた。
就活に乗り気でないほなみの心とは裏腹にほなみの就活は順調に進んだ。
ただ、就活が進むにつれて本当に自分がやりたいことは何かを考える機会が増え迷うことも多くなっていた。
学校の先生、面接官、友達などいろんな人の話を聞いているうちにどんどん自分が見えなくなっていく。
素直といえば聞こえはいいが、むしろ周りの意見を取り入れすぎて他人の色に染まってしまう癖があった。
そんなとき、高校3年のときに母から言われた「あなたはどうしたいの?」という言葉が蘇ってきた。
はっきりとした自分の感情は分からないけど、いま言えるのはこのまま就職したらきっと後悔するんだろうなということだけだった。
私のやりたいこと、私のやりたいこと・・・私はいったい何がしたいんだろう。
あとがき
早くJAPANARIZMに加入させたいところですが、1話ではまずJAPANARIZMに入るまでの経歴をダイジェスト版として作成しました。
不評だったら1話で終わるかもしれません(笑)
妄想小説という前提を理解した上で続きを読みたい方がいれば続きを書くかも・・・ぐらいの緩い感じでやっていきます。
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