なんだか急に小説が読みたくなって近くの図書館に行って村上春樹の『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』を借りてきました。村上春樹といえば日本を代表する人気作家であり自分の大学の卒論も村上春樹の『ノルウェイの森』で書いたので好きな作家のはずなのに最近は読んでいなかったんです。
それがなぜかふと大学時代を思い出して村上春樹作品を読みたくなりました。ネタバレを多分に含む内容になるかと思うのでまだ読まれていない方はご注意ください。
目次
『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』を読んで
小説を読むのは随分久しぶりです。大学では文学部にいたので授業の関係で本はよく読んでいたし、退屈な授業では授業中に本を読みながら聞いていたこともあったので年間100冊ぐらいは読んでいました。
現代文学の授業の課題で村上春樹『風の歌を聴け』に出会います。
当時からすでに人気作家だった村上春樹作品は気になる存在でありながらなかなか自ら積極的に小説を読むという機会がなかったこともあってちょうどいい授業でした。
そこで村上春樹作品に興味を持った自分は『海辺のカフカ』
『ノルウェイの森』
といった作品を授業とは関係なく読むようになって、結局大学の卒業論文も村上春樹『ノルウェイの森』を題材にしたものとなります。大学を卒業したのはもう10年以上前なので物語の内容もおぼろげになってきてしまっている部分もありますが、村上春樹作品全体のイメージと今回読んだ『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』では少し印象が異なる部分もありました。
自信がない主人公 多崎つくる
村上春樹作品に登場する主人公の特徴として妙にかっこいい男という印象があります。頭がよくて、女の子にはモテて、経済的にも困窮しているわけじゃない。想像するに誰もが振り向くようなイケメンというわけではないのに、彼の繊細でありながら紳士的な態度に女の子は好きになってしまうのでしょう。
やたらかっこよくて音楽にも精通している知的さは自分の中では理想的でもありました。
反面、言い方を換えればリアリティのある男性像ではなかったんです。女の子とは簡単に肉体関係を持ち、知的で大学生っていうのは少なくとも自分が過ごした大学4年間とは真逆です。もちろん物語の登場人物ぐらいはかっこいい人を描いてほしいという面もあるのでリアリティがあるから良い、ないから悪いといえるほど単純なものではないのですが、とにかくかっこよくてどこか余裕を感じる男性でした。
しかし、『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』に登場する多崎つくるは5人組のグループを追放されたことで自殺を考えるほど自信をなくし余裕がない精神状態で登場します。5人組の中で自分だけ名前に色彩を持っていないことに疎外感を感じ、孤独に支配されている。
信じていた親友から当然の絶縁を告げられたら誰だって困惑するものですが、孤独を恐れ自信を喪失して自らを空っぽの人間だという多崎つくるという人物を見ていると村上春樹作品にしては妙にリアリティある設定だなと思いながら読み始めました。
グループから絶縁された理由を語らなかった親友
恋人沙羅からの勧めもあって当時の親友を巡る旅に出ることになる多崎つくる。
そこで多崎つくるは名古屋でアオとアカに会い、フィンランドでクロと再会する。それぞれから当時のシロの状況からしてつくるを切ってシロを守ることを選択したのは、そうせざるを得なかったんだという意味の言葉を聞きます。
アオはシロの言い分を全面的に信じていてつくるがシロを襲ったことに疑いを持っていなかった様子。アカは勘づいていたけどそうせざるを得なかったという判断。クロは完全につくるは無罪だと確信していながらシロを守るしかなかったんだと語っています。
物語の終盤にかけてかつての親友を巡礼していき、それぞれから言い分を聞くことになるわけですが、どうしても理由をまったく語らずに親友であったつくるをバッサリと切り捨てたやり方には納得ができません。
クロは説明しているほど余裕がなくシロを全面的に受け入れるほかなかったと言っています。そして、実はクロがつくるのことを愛していたという感情を乗せることで読者にクロへの同情を誘っています。好きだった人を切り捨てなければいけないほど事態は緊迫していてクロ自身も被害者だったんだと思わせるわけです。
分かります。理屈じゃなくてそうせざるを得ない状況というのも世の中にはあるでしょう。それでもやっぱり多崎つくるが負った傷の深さ、自殺をする寸前のところまで追い込んでしまったことを考えるとシロを含めた4人の罪は重いと思っています。
どんな理由があったにせよ、現在の事情を説明をするぐらいの配慮はあってよかったはずです。アオのように全く気付いていないならまだしもアカとクロはシロの話におかしな点を感じていたわけでしょう。それなら、つくるならやっていけるはずなどと都合のいい解釈をせず、つくるのサポートを考えて行動することぐらいできたはずです。
止まった時計の針を進める作業が巡礼だった
多崎つくるは恋人沙羅の勧めで親友を巡る旅をすることになります。これは絶縁されたあのときから多崎つくるの中で止まってしまった時計の針を進める意味で重要な意味があります。
今さら自分が絶縁された理由を聞きに行くなんて怖い話です。古傷をえぐるような話でもうそっとしておいてくれと思うのが普通です。事実、多崎つくる自身もそういった感情を抱いていました。
それでも沙羅は、このままじゃいけないと感じたからこそ多崎つくるに親友との再会を勧めたわけです。
沙羅はなぜつくるに再会を勧めたのでしょう。
人間には意識していることと無意識的に感じている潜在意識を同時に感じています。意識的にはもう考えないでおこうと思っていることでも潜在意識は問題解決まで永遠に問題を解決しようとがんばります。それが例え絶対に答えの出ないものであったとしてもです。
好きな人に告白をした結果フラれた。これなら答えが出ているので潜在意識も問題を処理することを止めることができます。しかし、もし好きな人に告白してたら付き合えていたかもしれないなぁ。まぁ無理だったかもしれないけどさ・・・こういった感情は答えがないわけです。告白してたら付き合えていたかもしれないという淡い期待は告白という行動を起こしていない限り答えを見つけることができません。
沙羅は知ってか知らずかつくるの潜在意識は今でも答えを求めている。そしてそれはどれだけつくるが自問自答したところで答えが分かるわけがない問いかけであるため、つくる自身の何かの足かせになっていると感じたのでしょう。
答えの出ない自問自答のスパイラルから抜け出す方法はかつての親友に直接会うしかなく、この作業なしにつくるとの未来はないと感じるものがあったのだと思います。
多崎つくると木元沙羅の結婚はありえるのか
つくると沙羅が実際に結婚するのかどうかは結局物語の中では結論は出ていません。通常であれば結婚をする流れですが、つくるは沙羅が他の男性と付き合っているのではないかと沙羅に問いかけ、沙羅は答えを言う前に物語が終わってしまいました。
結論が出ていない以上は憶測になってしまいますが、おそらく2人は結婚することになるでしょう。
沙羅が出会っていた男が誰なのかは分かりません。分かりませんが作者である村上春樹が言いたかったことは男が誰だったのかではないと思うんです。沙羅にとってもつくるの存在は大きくなっているので、男が誰であれ最終的には多崎つくるを選択すると思っています。
問題は、多崎つくるが沙羅に対して結婚を申し込む前に男の存在を問いかけたことです。
多崎つくるの心の中に閉まっておくこともできたことなのに聞かないわけにはいかなかった。それはまるで沙羅がつくるに友達との再会を求め、つくるの心を整理しない限り先には進めないと感じたように、つくるも沙羅に同じことを求めたわけです。
ここらへんにノルウェイの森と違ってリアリティを上乗せした印象があります。
おおまかな構造はノルウェイの森に似ています。
ノルウェイの森に登場する主人公僕は直子を精神病による自殺によって失います。それでも僕の中には直子が亡くなってからも生き続け、存在の大きさは変わらなかったわけです。
それが緑という女性に出会うことで徐々に直子からの呪縛から解き放たれることになり、少しずつ直子で止まっていた僕の中の時間が緑によって進んでいきます。
同じように今作でもシロの存在であったり親友との時間で僕の精神的な時間は止まってしまった。精神病になる直子とシロも重なる部分があり、その後、出会うことになる活発な女性として登場する緑と沙羅も物語の役割としては同じです。
ノルウェイの森では僕が緑に惹かれていくのは止まっている針を動かす意味で当然です。同じように多崎つくるが沙羅に惹かれていくのも当然の成り行きなのですが、今回は沙羅にも他に付き合っている男がいるという設定を上乗せすることで話はこじれてきます。
リアルってこういうものですよね。明らかに悪いやつがいて正義の味方がこらしめてやるっていう勧善懲悪な物語ほど現実は分かりやすいものではなく、それぞれの正義がぶつかるからめんどうな話になります。テロリストにだって彼らなりの理屈で正義があるわけです。
二人は結婚をする。でもそのためには乗り越えていかなければいけないハードルがある。ノルウェイの森のリアリティバージョン。今作にはそんな印象がありました。
まとめ
久しぶりに読んだ小説で、村上春樹作品であったこともあり大学時代を思い出したような感覚になりました。言葉遣いが知的で情景や服装に至るまで細かい描写は文章を書く上で参考になります。
1Q84に比べると性的な描写もほどほどに抑えられていて品格的に見てもいい作品でした。
小説はおもしろいですね。これぐらいの長さの小説をいくつか読んでいきたいと思います。
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